今回の記事は、憲法の「人権の限界」について、
a.公共の福祉による人権制限
b.公務員の人権
c.在監者の人権
02 人権の私人間効力(しじんかんこうりょく)
01 人権の制限
憲法は、人権を「侵すことのできない永久の権利」(11条)であるとして、憲法では様々な人権が保障されています。
なので、国家権力は、人権を制限することができないのが原則ですが、一定の場合には人権を制限するときが出てきます。
その「人権を制限」に関する次の3つについて、わかりやすく解説しています。
b.公務員の人権
c.在監者の人権
a.公共の福祉による人権制限
憲法は、人権を「侵すことのできない永久の権利」(11条)であるとして、憲法では様々な人権が保障されています。
しかし、ある人の人権を保障することによって、他の人の人権が侵害される場合のように、人権は無制限に認められるべきではなく、他者との関係で制限されるものとされています。
このように、「ある人の人権」と「他の人の人権」が衝突した場合に、他者との関係で人権を制限することを「公共の福祉による人権制限」といいます。
>>『精神的自由権Ⅰ/信教の自由/オウム真理教解散命令事件』へ戻る
b.公務員の人権
公務員にも人権が保障されることはそうですが、ただ、公務員は政治活動等において、中立性・公平性が、一般国民より強く要求されます。
【公務員の人権】
一般国民 | 公務員 | |
政治活動 | 憲法21条「表現の自由」で保障される | 国家公務員法で禁止 →合憲 |
ストライキ ※公務員のストライキで役所や警察が動かないと困るのは国民なので、法律で禁止されています。 |
憲法28条「労働基本権」で保障される | 国家公務員法で禁止 →合憲 |
堀越事件(最判平24.12.7)
社会保険事務所の職員として勤務していた国家公務員が、選挙において、特定の政党を支持する目的で、政党機関誌を配ったことが国家公務員法・人事院規則に違反する「政治的行為」にあたるとして起訴された。
そこで、国家公務員法及び人事院規則の罰則規定の合憲性が争われた。
・法律で禁止される「政治的行為」の意味とは。
・政党機関誌の配布行為は、「政治的行為」にあたるか。
・国家公務員法102条1項の「政治的行為」とは、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが、観念的なものにとどまらず、現実的に起こり得るものとして実質的に認められるものを指す。
・『政党機関誌を配布した行為の構成要件該当性』
本件の配布行為は、管理職的地位になく、その職務の内容や権限に裁量の余地のない公務員によって、公務員による行為と認識し得る態様で行われたものではない。
だから、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められない。
→管理的地位にない者が行った配布行為は、国家公務員法で禁止されている政治的行為に該当しない。
この堀越事件での政党機関誌の配布行為は、無罪と判断されました。
ポイントとしては、『管理的地位にない者』だったから政治的行為にあたらないとされました。
一方『管理的地位にある者』が同じ「配布行為」をした「世田谷事件(最判平24.12.7)」では、政治的行為にあたるとされ、有罪になりました。
c.在監者の人権
在監者についても人権は保障されますが、逃亡や証拠隠滅の防止と、監獄内の秩序維持ということを踏まえ、一般国民とは異なる成約が課せられます。
一般国民には、「自由権-人身の自由」という人権がありますが、在監者は、刑事施設に強制的に収容するという「身体の拘束」が認められています。
在監者の喫煙の自由(最大判昭45.9.16)
在監者に対し、喫煙を禁止していた旧監獄法施行規則が、憲法13条に違反しないかが争われた。
合憲
『喫煙の自由の保障』
喫煙の自由は、憲法13条の保障する基本的人権の一つに含まれるとしても、あらゆる時・場所において保障されなければならないものではない。
『在監者の喫煙の禁止の合憲性』
在監者の喫煙を禁止することは、必要かつ合理的な規制である。
よど号ハイジャック事件記事抹消事件(最大判昭58.6.22)
在監者が新聞を定期購読していたところ、拘置所長がよど号ハイジャック事件に関する新聞記事を全面的に抹消した。
そこで、その抹消処分が在監者の閲読の自由を侵害しているのではないかが争われた。
合憲
『閲読の自由の保障』
新聞紙・図書等の閲読の自由が、憲法上保障されるべきことは、思想及び良心の自由の不可侵を定めた憲法19条の規定や、表現の自由を保障した憲法21条の規定の趣旨・目的から、その派生原理として当然に導かれる。
『在監者の閲読の自由に対する制限』
監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性(がいぜんせい)があると認められることが必要である。
02 人権の私人間効力
本来、憲法は国家権力による国民の人権の侵害を排除し、国民を守るための「国が守るべきルール」です。
なので、国家権力と国民の間でのみ、適用されるものであるとされてきました。
ですが、たとえば、大企業のような社会的に強い力を持った私的団体が、国民の人権を侵害するというケースも出てきました。
そこで、国家権力だけではなく、私的団体による人権侵害に対しても、憲法の人権規定を適用する必要があるのではないかが問題となります。
このように、「私人と私人の間」でも憲法の人権規定が適用されるかどうかという問題のことを
『人権の私人間効力(しじんかんこうりょく)』の問題といいます。
a.間接適用説
憲法の人権規定を、私人と私人の間のトラブルに、直接に適用はできないとされています。
私人相互の関係に対し、憲法が大きく介入してしまうことになり、『私的自治の原則』に反することになるからです。
この「憲法を間接的に適用する」ことを間接適用説といいます。
三菱樹脂事件(最大判昭48.12.12)
Aは、大学卒業後、三菱樹脂株式会社に3ヶ月の試用期間を設けて採用されたが、在学中の学生運動歴について、入社試験の際、虚偽の申告をしていたため、試用期間終了後に本採用を拒否された。
そこで、特定の思想を持っている者の雇用を拒むことが、憲法に違反しないかが争われた。
憲法に違反しない(間接適用説)
『人権規定の私人間への適用』
憲法は、もっぱら国又は公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人同士の関係を直接規律することを予定するものではない。
私人間の関係においては、民法の適切な運用によって、その間の適切な調整を図ることができる。
憲法の基本権保障規定の適用ないし類推適用を認めるべきではない。
『思想・信条の調査の可否』
企業者が、労働者の採否決定にあたり、労働者の思想・信条を調査し、その者からこれに関する事項についての申告を求めることは、違法ではない。
『思想・信条を理由とする雇用の拒否』
企業は、経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、いかなる者を雇い入れるかについて、原則として自由にこれを決定することができるのであって、特定の思想・信条を有する者の雇い入れを拒んでも、それを当然に違法とすることはできない。
ちなみに、本採用拒否は昭和38年で、この最高裁判決は昭和48年でした。
そして、この三菱樹脂事件の当事者となった男性は、最高裁判決から3年後に和解しました。
つまり、13年もの間、この大企業を相手に争い、ついに勝ち取ったわけです。
さらにその後、この男性は、子会社の社長まで務めたそうです。
日産自動車事件(最判昭56.3.24)
企業における就業規則で定年を、男性55歳・女性50歳としていた。
この男女別定年制が、法の下の平等に反しないかが争われた。
法の下の平等に反する(間接適用説)
就業規則中、女子の定年年齢を男子より低く定めた部分は、もっぱら女子であることのみを理由として差別した不合理なものとして民法90条により無効である。
ここで、注目したいのは、「民法90条により」という部分です。
民法90条とは、公序良俗違反を謳ったものですが、この「民法90条」でワンクッション置き、間接適用説をとっています。
つまり、憲法14条を直接適用はしていないということです。
昭和女子大事件(最判昭49.7.19)
私立大学において、無届で法案反対の署名活動を行ったり、許可を得ないで学外の政治団体に加入した行為が、学則の生活要録の規定に違反するとして、学生が退学処分を受けた。
そこで、退学処分が憲法19条に違反するのではないかが争われた。
退学処分は憲法19条に違反しない(間接適用説)
『人権規定の私人間への適用』
憲法19条,21条,23条等の自由権的基本権の保障規定は、もっぱら国又は公共団体と個人の関係を規定するものであり、私人相互間の関係について、当然に適用ないし類推適用されるものではない。
『退学処分の合憲性』
私立大学において、学生の政治活動を理由に退学処分を行ったとしても、それは学長の裁量権の範囲内にあるので、違法ではない。
以上、人権の限界・人権の私人間効力についての、
a.公共の福祉による人権制限
b.公務員の人権
堀越事件(最判平24.12.7)
c.在監者の人権
在監者の喫煙の自由(最大判昭45.9.16)
よど号ハイジャック事件記事抹消事件(最大判昭58.6.22)
02 人権の私人間効力
a.間接適用説
三菱樹脂事件(最大判昭48.12.12)
日産自動車事件(最判昭56.3.24)
昭和女子大事件(最判昭49.7.19)